
和歌山県田辺市の山あいに鎮座する熊野本宮大社は、熊野速玉大社・熊野那智大社とともに「熊野三山」を構成する神社です。全国に4700社以上あるといわれる熊野神社の総本宮であり、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産のひとつでもあります。
そしてこの神社には、もうひとつ大きな魅力があります。日本サッカー代表のシンボルとして知られる三本足の神鳥・八咫烏(やたがらす)は、実はこの熊野本宮大社のお使いなのです。
熊野古道を歩き、迷わずゴールへと導く八咫烏に会いに、山あいの聖地を訪ねてみませんか。

熊野本宮大社の創建には、少し不思議な神話が伝わっています。
第十代崇神天皇の御代、旧社地である大斎原(おおゆのはら)の櫟(いちい)の巨木に、三体の月が降臨したといいます。天火明命の孫にあたる熊野連(くまののむらじ)は、この光景に驚きました。「天にあるはずの月が、なぜこのような低いところに降りてこられたのですか」。そう尋ねると、真ん中の月がこう答えました。
「我は證誠大権現(家都美御子大神)である。両側の月は両所権現である。社殿を創って齋き祀れ」
この神勅により、大斎原の地に社殿が創建されたと伝わっています。『皇年代略記』などには、社殿は崇神天皇65年(紀元前33年)に創建されたと記されており、実際の御鎮座はそれよりもさらに古い時代だったとも考えられています。
夜空の月が地上に降り、神として祀られる——。この幻想的な創建譚こそが、熊野本宮大社を単なる古社ではなく「聖地」たらしめている理由のひとつです。

平安時代、宇多法皇に始まる歴代の法皇・上皇・女院による熊野御幸は、百余度にも及んだといわれています。御幸に供奉した藤原定家は日記『明月記』に「感涙禁じ難し」と記しました。険しい参詣道を越えてようやく本宮にたどり着いた喜びの大きさがうかがえます。
南北朝から室町時代にかけては、皇族や貴族だけでなく武士や庶民にも熊野信仰が広がりました。身分の貴賤や老若男女を問わず、すべての人を受け入れる懐の深さゆえに、大勢の参詣者が列をなしたといいます。この現象は「蟻の熊野詣」と呼ばれました。
今も熊野古道を歩いて本宮を目指す人が絶えないのは、この「誰でも受け入れる」という熊野信仰の懐の深さが、時代を超えて受け継がれているからなのかもしれません。

熊野本宮大社には、もうひとつ知っておきたい歴史があります。かつて社殿は上四社・中四社・下四社の合わせて十二殿からなり、「熊野十二社権現」とも仰がれていました。
ところが明治22年、未曽有の大水害が起こります。この災害により、社殿のうち中社・下社が倒壊してしまいました。これを機に、現在の場所には上四社のみが祀られることとなりました。残る八社は旧社地・大斎原に石祠として祀られ、現在に至っています。
つまり、今わたしたちが参拝する社殿は、大きな災害を乗り越えたあとの「今の姿」なのです。

熊野本宮大社の主祭神は、家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)です。素戔嗚尊(すさのおのみこと)と同一視され、古くは「熊野坐神社=熊野にいらっしゃる神」と呼ばれていました。造船の技を伝えたとされることから船玉大明神とも称され、船頭や水主(かこ)たちから篤い信仰を集めてきました。
また素戔嗚尊は、自らの御毛を抜いて木々を生み出し、木の国(紀の国)を造ったと伝わる「木の神」でもあります。境内で授与されているお守り「木魂(こだま)」は、この神話にちなみ、熊野の杉から一体ずつ手作りされています。
現在の社殿には、上四社と呼ばれる四柱の神々が祀られています。
第一殿(西御前)には熊野牟須美大神(伊邪那美大神)、第二殿(中御前)には速玉之男神(伊邪那岐大神)、第三殿(証誠殿)には主祭神・家都御子大神(素戔嗚尊)、第四殿(若宮)には天照大神が祀られています。
奈良時代から神仏習合が取り入れられ、各神には本地仏(阿弥陀如来・薬師如来・千手観音・十一面観音など)が配されてきました。旧社地・大斎原には、これに続く中四社・下四社の神々が石祠として祀られています。
主祭神・素戔嗚尊の荒々しくも力強い神威にちなみ、熊野本宮大社は古くから厄除け・災難除けの神として信仰されてきました。また熊野は「よみがえりの聖地」とも呼ばれ、生まれ変わりや再生を願う人々の参拝先としても伝えられています。
いずれも文献や社伝に基づく伝承としての信仰であり、御神徳の感じ方は参拝する方それぞれです。まずは実際に足を運び、その空気を感じてみてください。
鳥居をくぐった先には、158段の石段が続きます。両脇には幟がなびき、生い茂る杉木立が悠久の歴史を感じさせます。平成7年(1995年)には社殿が国の重要文化財に指定されており、檜皮葺・白木造りの荘厳な社殿を間近で見ることができます。
境内の宝物殿には、国指定重要文化財の「鉄湯釜」をはじめとする貴重な宝物が収蔵されています。瑞鳳殿には茶房・カフェも併設されており、参拝の合間にひと息つくことができ、この瑞鳳殿のデザインモチーフになっているのが、これから紹介する八咫烏です。

熊野本宮大社から徒歩約5分の場所には、かつて社殿があった旧社地・大斎原が広がっています。明治の大水害で流された中四社・下四社は、ここに石祠としてひっそりと祀られています。
今は熊野川の中洲に、高さ約34メートル・幅約42メートルという日本一の大鳥居がそびえ立ち、その存在感は一見の価値があります。三体の月が降臨したという創建神話の舞台でもあるこの場所は、本宮参拝とあわせてぜひ足を延ばしたいスポットです。夕暮れ時、大鳥居がライトアップされる姿も幻想的だと評判です。

熊野本宮大社を訪れたら、ぜひ知っておいてほしい存在がいます。それが、主祭神・家都美御子大神のお使いとされる三本足のカラス、八咫烏です。
神武天皇が東の大和(現在の奈良県)を目指して進軍していたとき、険しい山道に阻まれ、道に迷ってしまいます。そのとき天より遣わされたのが八咫烏でした。高御産巣日神(たかみむすひのかみ)の命を受けた八咫烏は、迷える神武天皇の先に立ち、大和・橿原まで導いたと伝えられています。
道なき道を、迷わず、まっすぐに導く——。この故事から、八咫烏は「導きの神」として、千数百年にわたり篤い信仰を集めてきました。

ここでは、珍しいヤタガラスポストが設置されています。
八咫烏は現在、日本サッカー協会(JFA)のシンボルマークとしても広く知られています。「ボールをゴールへと確実に導くように」という願いが込められているのでしょう。熊野本宮大社を訪れれば、あの見慣れたマークのルーツに、実際に手を合わせることができます。
境内では、八咫烏にまつわる授与品を数多く受けることができます。導きの力にあやかったお守りのほか、八咫烏牛王扇、ツゲ材で作られた八咫烏ツゲ導き守、そしてサッカーファンに人気の「サッカー守」まで、それぞれに込められた願いが異なります。
熊野本宮大社の魅力は、参拝だけにとどまりません。世界遺産・熊野古道(中辺路)を実際に歩いて本宮を目指すことも、この地ならではの体験です。
中でも人気なのが「発心門王子(ほっしんもんおうじ)」から熊野本宮大社までの約7kmのコース。全体的になだらかな下りで、石畳の残る古道や棚田の風景を楽しみながら歩ける、初心者にもおすすめの道です。和歌山県公式観光サイトでは「熊野古道中辺路のゴールデンルート」とも紹介されています。
発心門王子は、熊野九十九王子の中でも特に格式の高い「五体王子」のひとつです。ここから先が熊野本宮大社の神域とされ、かつては大きな鳥居があり、くぐると仏門に帰依する心が芽生えることから「発心門」の名がついたと伝えられています。平安時代の記録『中右記』(1109年)にもその名が記されており、900年以上前から参詣者を迎えてきた由緒ある場所です。
発心門王子から熊野本宮大社までは、歩行距離約6.9〜7.5km、歩行時間の目安は約2時間〜2時間30分(休憩を含めた所要時間は約3〜3.5時間)です。道中には、参詣者が遠くに本宮を望んで拝んだという「伏拝王子(ふしおがみおうじ)」や、休憩所・トイレも整備されています。
熊野本宮大社前から発心門王子までは路線バスで約15分。バスで王子まで移動し、そこから本宮まで下ってくるルートが定番です。
熊野本宮大社は紀伊半島の山間部に位置しており、公共交通・車のいずれの場合も、ある程度の移動時間を見込んでおく必要があります。
名古屋駅よりJR特急で新宮駅まで約3時間10分、新宮駅前から熊野交通バスまたは奈良交通バスに乗り換えて本宮町へ向かうルートがあります。車の場合は新宮経由・十津川経由・田辺経由のいずれかで約270〜350km。中でも十津川経由(名阪国道・西名阪自動車道・国道168号線を利用)が比較的距離の短いルートです。
高野山と熊野本宮を結ぶルートとして便利なのが、龍神自動車が運行する「聖地巡礼バス」です。高野龍神スカイラインを通り、護摩壇山・龍神温泉・熊野本宮温泉郷を経由しながら向かう、景色も楽しめるルートで、春・秋の期間限定で毎日運行されています(要事前予約)。
車の場合は国道371号・高野龍神スカイライン経由で向かうルートが一般的です。「高野・熊野」という2つの世界遺産を1日でつなぐ旅として人気があり、道中の護摩壇山からの眺望も見どころのひとつです。
熊野那智大社・那智の滝から熊野本宮大社までは、車とバスを併用して約1時間20分が目安です。熊野三山をまとめて巡る「熊野詣」の定番ルートとして、那智山側から本宮を訪れる参拝者も多く見られます。
社殿のみの参拝であれば30分ほど、旧社地・大斎原まで含めると1時間程度が目安です。発心門王子から熊野古道を歩いて本宮を目指す場合は、バス移動込みで半日程度を見ておくと余裕を持って回れます。
瑞鳳殿の隣および河原に無料駐車場が用意されています。お身体の不自由な方向けには、本殿近くにも専用の無料駐車場があります。台数には限りがあるため、大型連休や例大祭の時期は早めの到着が安心です。

社頭では御朱印帳(大 3,500円/通常 2,000円)を受けることができます。熊野三山それぞれで意匠の異なる熊野牛王神符(くまのごおうしんぷ、通称「オカラスさん」)も、この神社ならではの御神符です。カラス文字で書かれた特徴的なデザインが特徴です。
御朱印そのものの初穂料は変更される場合があるため、参拝時に社務所で直接ご確認ください。郵送での授与を希望する場合は、現金書留での対応となります(送料一律1,000円、電話番号0735-42-0009)。
境内では、由緒あるさまざまなお守りを受けることができます。
進学、就職、旅立ち——。人生の岐路に立ったとき、迷わず前へ進む力がほしいと感じたら、八咫烏のお守りをそっと携えてみてはいかがでしょうか。

参拝の記念には、八咫烏や熊野牛王神符にちなんだ授与品のほか、熊野の杉から一体ずつ手作りされるお守り「木魂」が特別な一品としておすすめです。
境内・参道周辺の売店や、向かいにある世界遺産熊野本宮館の周辺には、地元の物産を扱う店が点在しています。また、熊野本宮への玄関口にあたる田辺市は梅の産地としても知られ、南高梅をはじめとした梅製品は、このエリアならではのお土産として親しまれています。
熊野本宮大社では、一年を通じてさまざまな祭典・行事が執り行われています。中でも最も重要な祭典とされるのが例大祭(4月)で、御祭神の神徳を称え国家安泰・国民平安を祈念する本殿祭と、御神霊を遷した神輿が大斎原まで巡る渡御祭が行われます。このほか、半年間の罪穢れを祓う夏越大祓(6月)など、季節ごとの神事が続きます。
神武天皇を大和まで導いたという故事にちなみ、「ボールを確実にゴールへ導くように」という願いが込められ、日本サッカー協会のシンボルマークに採用されたといわれています。
歩行距離約7km、歩行時間の目安は約2時間〜2時間30分です。休憩を含めると3時間前後を見ておくと安心です。道中の下りが多く、初心者でも歩きやすいコースとされています。
春・秋の期間限定で運行される「聖地巡礼バス」を利用すると、高野龍神スカイラインの景色を楽しみながら移動できます。車の場合も国道371号・高野龍神スカイライン経由が一般的なルートです。
社殿のみの参拝であれば30分ほどで可能です。旧社地・大斎原まで含めて巡る場合は、1時間程度を目安に計画すると余裕を持って参拝できます。
瑞鳳殿隣と河原の駐車場はいずれも無料です。お身体の不自由な方向けの駐車場も、本殿近くに無料で用意されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 熊野本宮大社 |
| 住所 | 〒647-1731 和歌山県田辺市本宮町本宮 |
| 電話番号 | 0735-42-0009 |
| 参拝・授与時間 | 8:00〜17:00 |
| 駐車場 | 瑞鳳殿隣・河原の駐車場(無料)、本殿近くに身体の不自由な方向け駐車場(無料) |
| アクセス | 名古屋駅よりJR特急で新宮駅まで約3時間10分、新宮駅からバス乗り継ぎ/車の場合は名古屋方面から約270km〜。高野山からは聖地巡礼バスまたは国道371号・高野龍神スカイライン経由。那智山からは車・バス併用で約1時間20分 |
熊野本宮大社は、三体の月が降臨したという幻想的な創建神話に始まり、身分を問わず人々を受け入れた「蟻の熊野詣」、そして明治の大水害を経て今の姿に至った、深い物語を持つ聖地です。
そして何より、迷える人を正しい道へと導いた八咫烏が、今もこの場所であなたを待っています。発心門王子から熊野古道を歩いても、車で一気に向かっても、たどり着いた先に見える社殿と大鳥居は、きっと特別な景色に映るはずです。
158段の石段を上り社殿に参拝したら、ぜひ旧社地・大斎原まで足を延ばしてみてください。迷わず導かれるような、そんな不思議な感覚を、ぜひ現地で味わってみてください。