津島神社(愛知県津島市)とは?歴史・ご利益・アクセスを徹底解説

愛知県津島市にある津島神社は、「津島の天王さま」という愛称のほうが地元では通りがいいかもしれません。 全国に約3,000社ある津島神社・天王社の総本社でありながら、観光地化されすぎていない静けさが残っているのが特徴です。


織田信長が氏神として仰ぎ、豊臣秀吉が楼門を、徳川家康の息子筋が本殿を寄進した——という、 戦国三英傑がそろって関わった神社は全国でも珍しく、歴史好きなら一度は訪れておきたい場所です。


厄除け・疫病退散のご利益で知られ、体調や運気の変わり目に参拝する人が今も絶えません。


この記事では、津島神社に興味がある方に向けて、その深い歴史や強力なご利益、絶対に外せない見どころ、アクセス情報を徹底解説します。これを読めば、あなたの参拝が何倍も深いものになるはずです。


津島神社とは?全国3,000社の総本社という圧倒的な格式


愛知県西部に位置する津島神社は、社伝によれば欽明天皇元年(540年)にご鎮座したと伝わる、1400年以上の歴史を誇る古社です。社伝には、牛頭天王(ごずてんのう)が対馬国からこの地に来臨されたという伝承も残っています。


創建の正確な時期を裏付ける史料は限られますが、平安時代の文献にすでに「尾州津嶋牛頭天王」の名が見えることから、少なくとも千年近く前にはすでに広く知られる存在だったことがわかっています。


日本全国にある「津島神社」や「天王社」の総本社であり、京都の八坂神社と並ぶ天王信仰の二大拠点として崇められてきました。明治時代までは「津島牛頭天王社(つしまごずてんのうしゃ)」と呼ばれており、神仏習合(神道と仏教が融合すること)の象徴的な存在でした。そのため、今でも境内にはどこかお寺のような、荘厳で独特な空気感が漂っています。


織田信長・豊臣秀吉・徳川家康も崇敬!戦国武将たちが愛した理由


津島神社を語る上で外せないのが、戦国武将たちとの深い結びつきです。特に尾張国(現在の愛知県西部)出身の織田信長や豊臣秀吉からは、特別な崇敬を受けていました。


織田信長の「氏神」としての信仰


織田信長は、津島神社を織田家の氏神(産土神)として崇めていました。津島は当時、木曽三川を利用した水上交通の要所であり、非常に豊かな経済都市でした。信長はこの津島の経済力を手に入れると同時に、津島神社の神威(神様の力)を味方につけることで、勢力拡大の足がかりとしたと考えられています。


現在も、織田家の家紋と同じ「木瓜紋(もっこうもん)」が津島神社の神紋として使われていることからも、その深い繋がりがうかがえます。


豊臣秀吉が寄進した重要文化財「楼門」

豊臣秀吉が寄進した重要文化財「楼門」
境内に入ってまず目を引く鮮やかな朱色の「楼門(ろうもん)」は、天正19年(1591年)に豊臣秀吉が寄進したものです。前年に小田原征伐を成し遂げ天下統一を果たしたことへの御礼として寄進したとも推測されています。この楼門は国の重要文化財に指定されており、桃山時代の建築美を今に伝える貴重な遺構です。


豊臣秀頼が寄進した「南門」


慶長3年(1598年)には、秀吉の子・秀頼が父の病気平癒を祈願して「南門」を寄進しました。こちらは愛知県指定文化財となっています。


徳川家康の息子が建てた「本殿」

本殿
さらに、現在の「本殿」は慶長10年(1605年)、徳川家康の四男である松平忠吉(当時の清洲城主)の健康を祈願して、妻の政子が寄進したものです。こちらも国の重要文化財に指定されています。


このように、日本の歴史を動かした三英傑すべてが、こぞって津島神社に祈りを捧げ、建物を寄進しているのです。一つの神社にこれだけの戦国武将ゆかりの文化財が揃うのは全国的にも珍しく、歴史好きにとっても見応えのあるスポットといえます。

厄除け・疫病退散!津島神社のご利益と御祭神


津島神社の主祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)です。神話の中で、ヤマタノオロチを退治したことで有名な、力強い神様です。


かつて神仏習合の時代には、この須佐之男命は「牛頭天王」という神仏習合の神と同一視されていました。牛頭天王は、疫病を司る神であると同時に、正しく祀ることで疫病や災いを退散させてくれる守護神として信仰されてきました。


津島神社で授かれるとされるご利益は、主に以下の通りです。

  • 厄除け・魔除け(人生の転機や前厄・本厄・後厄の払い)
  • 疫病退散・病気平癒
  • 授福・開運(良縁や幸福を呼び込む)

特に、厄年を迎えた方や、体調面に不安がある方、人生の節目に願掛けをしたい方には心強いパワースポットです。

絶対に外せない!境内の見どころ3選

大イチョウ(御神木)

大イチョウ(御神木)
境内には推定樹齢400〜600年ともいわれる大イチョウがあり、愛知県指定天然記念物になっています。秋になると境内を黄金色に染め上げるその姿からは、圧倒的な生命力を感じることができます。
※駐車場の近くにあり、車通りのあるので注意が必要です


居森社(いもりしゃ)


本殿のすぐ近くにある「居森社」は、津島神社が最初に鎮座した場所と伝えられています。欽明天皇元年、須佐之男命がこの地に降り立ったという伝承の地で、津島信仰の「始まりの地」ともいえる場所です。


本殿へ参拝した後は、この居森社にも手を合わせておきたいところです。


弥五郎殿社(やごろうどのしゃ)


境内にある摂社の一つ「弥五郎殿社」には、長寿の伝説で知られる武内宿禰(たけうちのすくね)が祀られています。健康長寿を願う方は、ここへの参拝もおすすめです。


※武内宿禰(たけのうちのすくね)は、『日本書紀』や『古事記』に登場する、300歳以上という驚異的な長寿を生きて5人の天皇に仕えたとされる伝説の忠臣(大臣)です。歴史好きの方は、知っている方が多いのではないでしょうか。


参拝の前後に立ち寄りたい門前町の雰囲気

津島神社の参道から津島駅にかけては、かつて水運で栄えた商家町の面影が今も残っています。 江戸時代から続く町割りがそのまま道筋になっており、白壁の蔵や古い町家がぽつぽつと点在しているため、 参拝の前後に少し歩くだけでも、木曽三川の水運で栄えた往時の空気を感じ取ることができます。


派手な観光地化はされていない分、地元の生活と信仰が地続きになっている雰囲気が味わえるのも津島神社ならではの魅力です。

御朱印と「尾張津島天王祭」

神社巡りの楽しみといえば「御朱印」です。津島神社では、社名を大きく墨書きし、朱印を押した御朱印をいただくことができます。季節限定の御朱印が授与されることもあるため、参拝時には社務所(授与所)を確認してみてください。


また、津島神社を語る上で欠かせないのが、毎年7月の第4土曜日とその翌日に開催される「尾張津島天王祭(おわりつしまてんのうまつり)」です。600年近い歴史を持ち、ユネスコ無形文化遺産にも登録されているこのお祭りは、「日本三大川まつり」の一つに数えられています。提灯を灯した「まきわら船」が天王川(丸池)を渡る宵祭りの姿は、幻想的で息をのむ美しさです。この時期に合わせて参拝するのも魅力的です。


津島神社へのアクセス

住所 愛知県津島市神明町1
参拝時間 9:00〜16:30
参拝料 無料


公共交通機関でのアクセス

名鉄津島線「津島駅」から徒歩約15分(門前町の趣ある町並みを楽しみながら歩けます)


車でのアクセス

東名阪自動車道「弥富IC」または「蟹江IC」から約15分。境内に無料駐車場あり(お祭りや初詣の時期は大変混雑するため、公共交通機関の利用がおすすめです)


駐車場

駐車場
神社のすぐ近くに50台ほど停めれる駐車場がありました。


まとめ

津島神社で歴史のロマンと厄払いを感じよう
津島神社は、戦国武将たちが競うようにして社殿を寄進した「歴史の交差点」であると同時に、 今も地域の暮らしに根づいた厄除けの神社です。楼門をくぐるときは、 400年以上前に豊臣秀吉がここを通ったかもしれないという想像も、ぜひ一緒に持ち帰ってください。


毎年7月の尾張津島天王祭に合わせて訪れれば、また違った津島神社の表情に出会えるはずです。


※本記事の歴史的な情報は、津島神社公式サイト・津島市公式サイト・愛知県観光サイト等の公開情報をもとに作成しています。伝承部分は「〜と伝えられる」形で表記しています。参拝時間・駐車場状況などの最新情報は、訪問前に公式サイトでご確認ください。*